電気自動車市場をリードしている米テスラは2019年春に、同社が運営している米国内の販売店のうち一部を閉鎖し、インターネットから自動車を購入するオンライン販売に移行すると表明した。自動車のオンライン販売は、日本では馴染みの無いものの北米では21万台、中国では約29万台(当社調べ)といったように、グローバルでは着実な広がりを見せている。そのような自動車オンライン販売のメリット等を整理し、オンライン販売がもたらす新たな市場機会について探ってゆく。
はじめに、オンライン販売におけるメリットについて考えると、第一に販売コストの削減が挙げられる。従来の店頭での販売には店舗という大型の設備に加え、販売員という人的コストが生じる。対してオンラインで自動車を販売するのであれば、この両者は大幅に削減もしくは無くすことができる。さらにオンラインで販売することにより、顧客の購買情報などの重要なマーケティングデータを集約することが容易になる。集められた情報はビッグデータとしてマーケティングだけではなく、自動車の生産からロジスティクスに至るまで活用でき、今後の販売戦略の策定に役立つ。つまり自動車メーカーからすると、オンライン販売が実現すれば都合がよいことのほうが多いといえる。
一方で、ユーザー視点に立つと、自動車のオンライン販売では実車を見て触れずに購入しなければならないという決定的なデメリットが存在する。自動車の価格を考えれば、書籍や音楽と同じ感覚で自動車をオンライン購入することは難しい。オンライン販売による自動車価格の値引きや、実店舗まで赴く手間が省けるといったメリットはあるかもしれないが、購入後に“思っていたモノとは違う”という声があがってしまっては商品やブランドイメージの低下は免れない。
さらにオンライン販売に移行する際に、従来の自動車販売の拠点であるディーラーをどのように活用するかも注目すべき点である。トヨタをはじめとした自動車メーカーの車両を取り扱うディーラーの店舗数は相当数存在しており、それらを無視してオンライン販売の導入は現実的ではない。グローバルに展開しているディーラーの販売および店舗網を活かす方法がオンライン販売導入時の課題になることは間違いない。
逆に、これらの課題を克服することがオンライン販売の普及への第一歩とも言え、自動車市場の新しい機会の一つである。米テスラは購入後に一定以内の期間、走行状況であれば返品を受け入れ、購入金額を全額返金するという制度を採用することにより、オンライン販売の懸念点を解消しようと試みている。この方法を用いると一見、オンライン販売におけるハードルが下がったように見える。しかし自動車メーカーからすれば車両回収のコストが生じ、今までにないリスクを抱えることになり、同様の制度の導入は避けたいと考えるであろう。
そして次の課題解決の手段として挙げられるのが、仮想現実(VR)を利用したオンライン販売であり、これにより実店舗と同様の購入体験を実現できる。オンラインで自動車の外装だけではなく、インテリアまで360°見ることが可能になる。大手EC企業であるeBay(米)は既にVRを利用したECを展開している。現時点では触覚まで再現するVRは一部でしか実用化されていないが、将来的にはオンラインで自動車に触れ、その質感を確認できるVR技術が普及すれば、自動車だけではなくオンラインの購入体験は飛躍的に向上する。
また既存のディーラーについては、従来の自動車を販売するための機能を、自動車を体験するための機能へと転換することで、オンライン販売との共存を図ることができる。オンライン販売のメリットの一つとして、膨大な情報の中から好みの商品を見つけ、購入に至るまでの購入体験がスムーズに実施されることが挙げられる。ディーラーは顧客がオンラインで見つけた車両の乗車体験を提供することで、オンラインとオフラインをシームレスにつなぐ役割を担うことができる。オンライン販売のメリットと、ディーラーの持つ全国のネットワークを融合させることで、新たな自動車販売モデルが構築できると思われる。
他にもオンライン販売に適したモデルや生産、在庫管理手法をメーカー側が開発し、“オンライン販売ならではの自動車づくり”という新しいビジネスモデルを構築することもアイデアとしては考えられる。例えば購買データを利用した高効率な生産、販売システムの構築である。オンライン販売では顧客の購買フローが詳細にわたって定量的なデータとして取得できる。それらの膨大なデータを利用してどの車種をいつ製造すればよいか予測することが可能になるかもしれない。その結果、短納期というサービスをオンライン顧客に提供することができ、利用者の満足度の向上にもつながると考えられる。
当たり前だが自動車を購入するのは顧客であるから、その顧客の購入体験を最大にすることが根本的な企業競争力といえる。これからも拡大を続ける自動車オンライン販売という市場で勝ち抜くためには、メーカーは車両の性能や品質と同様に、オンライン販売を通じ、いかに顧客に自動車の魅力を伝えるかという点にも戦略を巡らせる必要がある。