フロスト&サリバン モビリティ部門インダストリーアナリスト
林 更紗
2018年は中国自動車市場にとって大きな転換期を迎える年となった。2017年末に終了した自動車取得税減税の反動や米中貿易摩擦により、国内自動車販売台数が2,808万台(うち乗用車は2,371万台)と28年ぶりにマイナス成長に転じたのだ。しかしながら自動車販売台数2位の米国とは約1.6倍の開きがあり、依然として世界最大の市場であることは間違いない。現在中国では「中国製造2025」や「次世代AI発展計画」といった政策を掲げ、国家を挙げて新エネルギー車(バッテリーEVやプラグインハイブリッド)や次世代情報技術などの製造業、さらには人工知能(AI)分野における世界的な技術競争力の向上を目指している。自動車産業については「知能自動車創新発展戦略」の中で、「知能自動車」と呼ばれるコネクテッドな自動運転車を2020年までに新車販売台数の50%、2025年までに100%まで普及させるとしている。
一方、自動運転レベル1、2に相当する先進運転支援システム(ADAS)の中国における足元の普及率は、弊社調査によると2017年時点で新車販売台数の10~15%程度に留まる。日本では、代表的なADAS機能である衝突被害軽減ブレーキ(低速域のみの機能を含む)の普及率が約75%であることを考慮すると、中国の普及率は極めて低い。中国で普及が進まない背景としては、ADAS機能に必要なセンサーコンポーネントを開発する国内企業が少なく、ボッシュやコンチネンタル、デンソーといった外資系サプライヤーに大きく依存していることが挙げられる。中国の消費者は価格感応度が高く、乗用車販売台数の4割以上を占める民族系メーカーも値ごろ感を訴求ポイントとしているため、海外サプライヤー製の高価なセンサーコンポーネントを搭載することは消費者、OEM両者にとって望ましい選択肢ではない。結果として、運転支援という付加価値機能の搭載は海外メーカーやごく一部の民族系メーカーの車に限られている。
2020年までに知能自動車の販売比率を50%にまで引き上げるという政府目標に対し、今後の市場成長の鍵となるのは「自動車安全テスト(C-NCAP)への自動緊急ブレーキ(AEB)評価項目の追加」と「国内サプライヤーの新規参入による価格低下」の二点だ。一点目のC-NCAPは2018年版が施行され、安全性評価の厳格化のためAEBが追加された。中国では交通事故率が高い一方で国産車の衝突安全性が疑問視されていたが、予防安全性の評価は全体の15%を占めており、今後は中国国内でもADAS機能に消費者の注目が集まるだろう。二点目に、現在ADAS市場は外資系サプライヤーが多数を占めているが、今後はYatai APG(亜太機電)やInvo(蘇州智華汽車電子)といった国内の既存サプライヤーのシェアの増加や他の国内サプライヤーの新規参入が期待される。Yataiは第一汽車や奇瑞汽車といった大手から新エネルギー車に特化した新興メーカーまで民族系OEMとの提携を強化しており、新エネルギー車を軸とした民族系のシェア拡大とともに同分野での成長が見込まれる。Invoも清華大学の支援によりR&Dを強化しており、これら以外にも中国のADAS市場の潜在性に目を付けた国内の技術開発企業が市場を席捲するだろう。弊社調査によるとこれらにより2025年までにADASパッケージの単価は現行の1/2に低下するとみており、中国市場における自動運転車の普及の本格的な第一歩になるだろう。
※本コラムは2019年6月1日付の日刊自動車新聞に掲載されたものです。